さど知るっちゃ!佐渡の地理・歴史・文化・暮らしをご紹介

佐渡の人口

佐渡は両津市、相川町、佐和田町、真野町、畑野町、金井町、小木町、羽茂町、新穂村、赤泊村の1市7町2村からなりたっていました。平成16年(2004)3月に合併し、佐渡市となりました。市役所は、島のほぼ中央に位置する旧金井町役場が使われています。
寛保元年(1741)の記録によると9万3,334人、明治5年(1872)で10万6,262人、最も人口の多かった昭和25年(1950)で12万5,597人でしたが、平成27年(2015)は5万9,060人と過疎化が進んでいます。

佐渡の方言

佐渡の方言は、文化の流入と同じく京都や大阪などの関西言葉に東北なまりが入っているといわれています。
また、同じ佐渡でも相川地方、国仲地方、小木地方でそれぞれ方言に違いがあります。

主な方言

だっちゃかん しょうがない。だめだ。
うこつき 陽気者。
げすばり くいしんぼう。
へちこぜな おせっかいを言うな。
ようま 夜。
でかしました ありがとう。
ねまらんせ 座りなさい。
Q5. 佐渡の方言「ねまらんせ」の意味はどれでしょう?

正解はD 座りなさい

佐渡の産業

農業

農業

お米の生産量のうち、約半分は島外に出荷されています。

おけさ柿(平種なし柿)は毎年秋に、主に北海道や関東地方にたくさん出荷されています。
佐渡の最も代表的なくだものとなっています。

水産業

水産業

両津港をはじめ島内36か所の漁港から新鮮な魚介類、海藻類が交通機関の発達により、その日のうちに東京などへ出荷されています。特にイカ(スルメイカ・ヤリイカ)とナンバンエビ(ホッコクアカエビ)が有名で、イカについては新鮮さを保つため夏には氷のはいった海水に入れて東京方面へ出荷しています。
最盛期である6月頃の夜の水平線はイカ釣漁船の漁火で美しく輝き、見る人をおとぎの世界にでもいるような気持ちにさせてくれます。

Q3. 夜の海上で強いあかり灯し、おびきよせるのは何漁でしょう?

正解はA イカ漁

養殖業

養殖業

佐渡は養殖業も盛んです。代表的なものにはカキ養殖とワカメ養殖があります。カキ養殖は塩水湖である加茂湖と真野湾で行なわれています。
近年、漁獲量の減少にともない、沿岸漁業の振興と水産資源の確保を目的に、「作り、育てて、獲る」栽培漁業の拠点として、新潟県栽培漁業センター・真野栽培漁業センターがあり、ヒラメやサザエ等の養殖事業が行われています。そこで育てられた稚魚は、佐渡を中心に放流され、その一部は新潟県内や全国にも出荷されています。

佐渡の畜産業

佐渡の畜産業

佐渡の畜産業としては、牛の飼育が古くから行なわれており、明治以前から佐渡牛として本土側に出荷されています。現在では肉用牛が多く、そのほか乳用牛も飼育されています。

Q4. 佐渡で行われている畜産業はどれでしょう?

正解はA 牛

佐渡の工業(ハイテク産業)

佐渡の工業(ハイテク産業)
佐渡の工業(ハイテク産業)

佐渡の工業は、エレクトロニクス産業・縫製産業等が主なものですが、近年では、エレクトロニクス産業が盛んです。

真野と羽茂に工場のある内藤電誠工業(株)では、人工衛星や宇宙ロケットをはじめスーパーコンピューターに使われる超LSIや自動車やカメラ・テレビなどの家電製品などに使われるICを製造しています。

また畑野にあるサンアロー化成(株)の工場では、携帯電話をはじめノートパソコンやモバイルなどに使用されている高品質なキーシートが製造されており、国内ばかりでなく世界中の携帯電話や電子機器に広く使われています。

佐渡の交通

佐渡の陸上交通

佐渡の陸上交通

佐渡の陸上交通機関としての鉄道はありませんので島内の交通手段は主として自動車です。
道路は国道350号線という新潟から両津へ入り、佐和田~真野~小木を通り直江津へ抜ける海上航路を含んだ珍しい国道が1本と県道が25本あります。

佐渡の海上交通

佐渡には本土と佐渡を結ぶ海上交通の重要な役目をしている両津港、小木港、赤泊港があります。明治の始め(帆船時代)までは、佐渡から本土へ渡るのに、本土に近い天然の良港である小木、赤泊、多田が利用され、これらの港は竹細工や金などの積み出し、または北前船の中休み港として栄えていました。明治15年以降(汽船時代)、帆船が動力船となり大型化するにつれ、県庁があり商業の中心地である新潟港と結ぶ両津港に自然と客や荷が集まっていきました。

当時は、東京へ行くのに新潟からは磐越西線(郡山)経由と直江津から信越線(長野)経由しかなく、新潟~両津、直江津~小木が主航路でしたが直江津港は冬期間、海が荒れ沖荷役(海上で荷物を積みおろしすること)となるため、4月から10月までしか利用できませんでした。しかし、年々船の性能も良くなるとともに大型化され、航海数もふえてきました。
また、昭和42年には日本海側では初めてのカーフェリーさど丸(578トン)が就航してマイカー、観光バスおよびトラックなどの輸送が便利になりました。その後、昭和48年には全航路がカーフェリー化されました。平成27年4月現在は、新潟〜両津航路がカーフェリーとジェットフォイル、直江津〜小木航路がカーフェリー(H27.4.21より高速カーフェリー)、寺泊〜赤泊航路が高速船の運行になっています。

  • 大正3年 (1914年)
    総トン数:173トン
    時速:20km
    定員:150人

  • 昭和7年 (1932年)
    総トン数:488トン
    時速:24km
    定員:700人

  • 昭和23年 (1948年)
    総トン数:589トン
    時速:26km
    定員:794人

  • 時速:87km
    定員:250人

  • 平成26年 (2014年)
    総トン数:5,380トン
    定員:1,500人

  • 平成27年 (2015年)
    総トン数:約5,750トン
    定員:約700人
    ※予定

※総トン数、定員等は就航時のものです。

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